母の日のあった5月ですが、みなさまはお母様にどんなプレゼントをお送りしましたか?

ヨメの立場として、何かのイベント毎に「ギフト」を用意しないといけないのは
何かとストレスの原因になったりしますよね。

※講座の中でもよく話題になります。

そんな「ギフト」について、一考してみました。

私の実家では「ギフト」は「欲しいモノがある時に買ってあげる方式」で
定着しました。

もちろん、それまでは紆余曲折がありました。

世間のお祭り騒ぎに乗じて「母の日にはカーネーションを贈ろう」から始まり
・ショール
・お財布
・洋服
・バッグ
・お花(カーネーション以外のね)
などなど・・・

でもね。
母の日って、母が生きている限り、そして、私が生きている限り
送り続けなければいけないんだよね。

っていうか、そもそも「送り続けなければいけないんだろうか?」

例えば・・・

今年20歳を迎えたあるA子さん。
お母さんBさんの年齢を50歳とした時に、Bさんが平均寿命の87歳まで生きると仮定したら
A子さんは向こう37年間、お母さんに「ギフト」を送り続けるのです。

まぁ、10年も経てば何を送るのかネタに悩み、
20年も経てば、以前に送ったものも傷んできたりするので
同じアイテムを送ることだってできます。

それは、BさんがAさんが送ったものを必ず使った場合の話。

お片づけの現場では、
「もらったんだけど、使っていないのよねー。。。」
なんて品物が五万と出てくる(少しオーバー?)

というより、お伺いする家々で必ず聞くフレーズなのだ。

現実は、貰った側は「頂いたモノをうまく使いこなせない事でプチストレスを抱えている」のです。

じゃ、何のためのギフトなのか?

それは、「贈る側の自己満足」でしかないのである。

これを贈った私っていい人でしょ?的な(笑)

あ、ココで注意して欲しいのは
貰った側が「これ、欲しかってん」とか「これ、いつも使っているやつやねん」とか
「使うモノを頂いて助かるー!」っていう贈り方ができた場合を除きます。

つまり・・・
贈る人は「相手が何を欲しているのか」を探る力が不足している
と言えます。

じゃ、どうやって探るのか?
それは、相手が喜びそうな姿が想像できるか?

贈る相手がどんな風に喜ぶのかって、過去にその人の喜ぶ姿を見たことがあれば、想像ができるのですが、
見たことがない場合、頭の中で想像している「かりそめの姿」は「あなたが疑似体験」していることでしかないのです。

あなたが過去に「されて嬉しかったこと」は「他の人も嬉しいハズ」
というかりそめを追いかけて実行しているにしか過ぎないのです。

自己満足のギフトがなくなるだけで、世の中のゴミの量は格段に減っていくのではないでしょうか?

自己満足のギフトを送る前に、贈りたい人とどんな関係を築きたいのか?
お互いがWinーWinの関係になるよなギフトをぜひ選んで下さいね。

ご感想・お問い合わせはコチラ